いまや押しも押されもせぬ国民的俳優となった阿部寛ですが、デビュー当時は順風満帆とは言えない苦闘の時代を経験しています。中央大学在学中の1985年、集英社「ノンノボーイフレンド大賞」で優勝を果たし、雑誌『メンズノンノ』の創刊号から43号連続で表紙を飾る伝説的カリスマモデルとして一世を風靡しました。
1987年の映画『はいからさんが通る』で俳優デビューを飾ったものの、当時の日本映画・ドラマ界では「背が高すぎて他の俳優と並べない」「二枚目すぎて役柄が限定される」という業界特有の壁に直面。20代後半には仕事が激減し、投資マンションの価格下落による巨額の借金を抱えるなど、公の場で見せる笑顔の裏で深刻な人生の谷底を味わいました。
転機となったのは、劇作家・つかこうへいの舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』(1993年)への出演でした。従来のモデル然としたイメージを完全にかなぐり捨て、バイセクシャルの刑事部長役を泥臭く熱演したことで、演技派への扉を開きます。その後、2000年代以降の快進撃は周知の通りです。
- 『TRICK(トリック)』シリーズ(2000年〜):自称天才物理学者・上田次郎役で怪演を披露。コメディとシリアスの絶妙なバランスで新境地を開拓。
- 『ドラゴン桜』シリーズ(2005年・2026年):元暴走族の弁護士・桜木建二役で「バカとブスこそ東大へ行け」の名台詞を生み、教育ドラマの金字塔を樹立。
- 『下町ロケット』シリーズ(2015年・2018年):佃製作所社長・佃航平役で熱血漢の技術者を体現し、国民的ドラマとして社会現象を巻き起こす。
華やかな二枚目モデルから、あえて三枚目や泥臭い中年男性の役柄に飛び込んだ柔軟性こそが、60代を迎えた今も仕事が途切れない最大の勝因と言えます。