原晋監督のキャリアを語る上で欠かせないのが、中国電力時代の経歴です。中京大学時代に日本インカレ5000mで3位入賞を果たし、鳴り物入りで実業団の中国電力陸上競技部に入部したものの、度重なる故障によりわずか5年で選手生命を絶たれました。引退後は競技とは完全に切り離され、配属されたのは電気の新規営業部門。当初は書類の書き方すら分からず「社内のお荷物」と揶揄されるほどの挫折を味わいました。
しかし、そこで原監督が培ったビジネススキルこそが、後の青山学院大学陸上競技部を大改革する原動力となります。原監督は新規開拓において、顧客目線に立った提案と数値による進捗管理を徹底し、家庭用蓄熱式空調システム「エネルック」の販売実績で中国電力管内トップの営業成績を記録しました。「モノを売るのも人を育てるのも、相手の潜在的な動機を引き出す構造は同じ」という確信を得た瞬間でした。
2004年に青学大監督に就任した当時、選手たちの規律は乱れ、箱根駅伝の出場権獲得すら夢のまた夢という状況でした。従来の体育会指導が強いていた「理不尽な上下関係」や「根性論による長距離走り込み」を原監督は真っ向から否定しました。導入したのは、ビジネス界の目標管理制度(MBO)を応用した「目標管理シート」と、体幹と柔軟性を科学的に鍛え上げる「青トレ」です。
選手自らが日々の行動目標を細分化して言語化し、達成度を可視化するプロセスを導入したことで、指示待ち人間から「自律的に判断するランナー」へと意識が変革しました。練習メニューの意図を選手一人ひとりが咀嚼して走る青学メソッドこそが、本番の想定外のアクシデントにも動じない圧倒的な安定感を生み出しています。