匿名掲示板文化の祖である西村博之(ひろゆき)氏が築いた「便所の落書き」としてのネット言論と、マーク・ザッカーバーグ氏率いるMetaやX(旧Twitter)が推進してきたグローバルなソーシャルプラットフォームの思想は、今や皮肉な形で衝突している。
ひろゆき氏的な思想の根底には「ネット上の言葉など本気で受け取る方が悪い」という冷徹なリアリズムと、無秩序な匿名性こそが権力へのカウンターになるという確信があった。対照的に、巨大テック企業は実名性やレコメンデーションアルゴリズムを導入することで言論の民主化を標榜したものの、結果として生み出したのは極端な分断とフィルターバブルだった。
自由を極限まで認めれば誹謗中傷とフェイクが氾濫し、安全を名目に統制を強めれば巨大資本による思想選別に行き着く。この二極化の隘路(あいろ)で、コメント欄は常に両者のイデオロギー闘争の実験場と化している。