1985年1月23日、東京・赤坂のホテルで開かれた松田聖子の単独緊急記者会見は、芸能史に残る衝撃的な瞬間となりました。純白の衣装に身を包んだ聖子は、時折大粒の涙を流しながら、郷ひろみとの別れを自らの言葉で発表しました。
その会見の中で放たれ、日本中のメディアが大きく見出しを掲げたのが、「もし生まれ変わったら、絶対に一緒になろうねと話し合いました」というあまりにも切ないフレーズでした。この言葉は、互いに深く愛し合いながらも、大人の事情や環境によって引き裂かれた悲劇の純愛というイメージを決定づけました。
しかし、この会見には大きな「舞台裏の食い違い」が存在していました。この破局発表は松田聖子側による完全な単独会見であり、郷ひろみ本人には会見の具体的なタイミングや発表内容が事前に綿密に共有されていなかったと報じられています。後に郷ひろみが1998年に出版した自著『ダディ』の中で明かした手記によると、郷自身はそのようなロマンチックな言葉を交わした明確な記憶がなく、テレビ中継を通じて聖子の発言を知り困惑したという旨の告白がなされています。