長年所属したスターレイプロダクションから独立し、自身の個人事務所である比嘉企画を立ち上げた決断は、彼のキャリアにおける大きな転換点であった。大手事務所の庇護を離れ、自らの足で立ち自責で表現活動を行っていくという選択は、自由を得るのと引き換えに重い責任とリスクを伴うものであった。
独立以降、彼はメディアの求めるタレント像に迎合することなく、自身の本音や内面的な探求をより直接的に発信するようになった。しかし、自らの手でプロデュースを行う中で、ビジネス的な課題やアンチコメントとの直接的な向き合いを余儀なくされ、精神的な負荷はより増大していったとされる。事務所設立の背景には、本当の自分を偽らずに生きていきたいという悲痛なまでの決意が存在していた。