鉄道省(後の国鉄・国土交通省)の官僚から政治家へ転身した佐藤栄作は、吉田茂に見出されて政界の階段を駆け上がりました。内閣官房長官、通産相、大蔵相などの要職を歴任した後、1964年に内閣総理大臣に就任します。
佐藤内閣が成し遂げた最大の歴史的業績は、戦後日本の最大の懸案であった1972年の沖縄返還です。アメリカとの粘り強い外交交渉の末、本土復帰を平和裏に実現させました。
さらに、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を国是として確立。これらの平和外交への貢献が高く評価され、1974年には日本人として初(現在も唯一)となるノーベル平和賞を受賞しました。