ネット上や格闘技ファンの間で長らく囁かれてきた「前田日明と高田延彦の絶縁説」。この噂の核にあるのは、1990年12月の第2次UWF突然の空中分解です。当時、日本武道館や東京ドームを超満員にし、社会現象を巻き起こしていた新生UWFは、まさに絶頂期にありました。しかし、その内部ではフロント首脳陣(神新二社長ら)に対する不信感と、莫大な興行収益の配分を巡る疑心暗鬼が渦巻いていたのです。
発端は、フロントの放漫経営に激怒した前田日明が引き起こした「フロント追放劇」と、それに伴う前田自身の出場停止処分でした。前田は自らの正義感に基づき団体を浄化しようと動きましたが、所属選手たちを取りまとめる立場にあった選手会長の高田延彦らは、独断専行にも見えた前田の行動に強い戸惑いを覚えます。前田としては「後輩や団体の未来を守るためのクーデター」だった一方、高田側から見れば「突然梯子を外され、生活の基盤を揺るがされた」という決定的な認識のズレが生じました。
このすれ違いが決定的となり、1990年12月1日、長野県松本市での大会終了後にUWFは事実上の活動休止に追い込まれます。公の場での殴り合いや罵り合いがあったわけではありません。むしろ、互いに信じ合っていたはずの強固な信頼関係が、金銭トラブルと組織運営の不透明さによって一瞬で瓦解したことこそが、今日まで尾を引く「冷え切った沈黙」の根源となりました。