父親を亡くしてから、母親と2人、親子2人3脚で頑張っていた小室圭さん。
寂しい思いや苦労もたくさんあったでしょうね。
父親との死別
小室圭さんの父親は、横浜市役所に勤務する技術者でした。
『横浜みなとみらい21』の設計を担当していたそうです。
しかし、体調を崩して長期にわって自身の実家で療養生活を送っていました。
体調不良の原因は、うつ病や統合失調症などの精神疾患ではないか?と言われていますが、真偽は不明です。
そんな小室圭さんが小学4年生のある日、父親は自ら命を絶ってしました。
10歳で父親を失った悲しみは、計り知れないものだったでしょうね。
「僕が母さんを守る」と周囲に話していた
父親を幼い頃に亡くし、母親の苦労や懸命な姿をそばで見てきた小室圭さん。
そんな母親に対して、小室圭さんは次のように話していたという。
「お母さんは僕が守る。僕がついているから大丈夫だよ」
このエピソードを語るのは、小室圭さんが学生時代アルバイトしていた、フランス料理店のシェフ五井憲治さん。
母親思いで責任感の強さは、幼い頃からだったんですね。
高校生時代からアルバイトしていた
学生時代からいろいろなアルバイトをして、家計を助けていたという小室圭さん。
中でも、長く続けていたというフランス料理店「ビストロ・ファミーユ」でのアルバイト。
現在は閉店していますが、もともと小室さん親子がよく食事をしていたお店です。
ウエイターだったといいますが、調理場の掃除など雑用も積極的にこなしていたそう。
シェフである五井憲治さんも、小さい頃からの小室圭さんをよく知っており、息子のように接していたと話します。
家計のためだけでなく、仕事としても真面目に取り組む姿は尊敬です。