トワ・エ・モワは1969年、デビュー曲『或る日突然』(山上路夫作詞、村井邦彦作曲)がいきなり大ヒットを記録し、彗星のごとく現れました。それまでの泥臭いプロテスト・フォークとは一線を画す、都会的で爽快なカレッジ・フォークスタイルは若者を中心に熱狂的な支持を集めます。
その勢いを決定づけたのが、1970年の『空よ』でした。同年、トワ・エ・モワは『第21回NHK紅白歌合戦』に念願の初出場を果たし、紅組のステージで『空よ』を堂々と歌い上げました。男女デュオが紅組から出場するというスタイルも当時としては極めて新鮮であり、お茶の間の視線を釘付けにしました。
その後も、名曲として語り継がれる『誰もいない海』や、1972年札幌冬季オリンピックのテーマソングとして歴史に刻まれた『虹と雪のバラード』など、昭和フォークデュエットの金字塔となる作品を立て続けに発表。まさに日本のポップス史における黄金期を牽引する存在となりました。