約150年の歳月を経て、かつての海上堤は埋め立て地に埋没し、人々の記憶から消え去っていました。転機となったのは2019年4月、品川車両基地跡地の再開発(高輪ゲートウェイ駅周辺整備)に伴う掘削工事現場から、当時のままの美しい石垣が連続した状態で発見されたことです。
調査が進むにつれ、石垣の裏込めや木杭、当時の信号機基礎など、日本鉄道草創期の一次資料が極めて良好な状態で残されていることが判明しました。日本考古学協会をはじめとする専門家団体は「世界文化遺産に匹敵する近代化遺産」として全線現地保存を強く要望。一方で、国際ビジネス拠点としての都市開発を進めるJR東日本側は、すでに決定していた高層ビル建設の工期遅延や数十万平米規模の開発見直しという重大な経営判断を迫られました。
文化庁・有識者委員会・事業者の間で連日交わされた協議の結果、特に重要な遺構である「第7橋梁部(約80m)」および「公園隣接部(約40m)」の2箇所を現地保存とし、その他のエリアは記録保存・一部移築とする合意が成立。2026年9月には「高輪築堤跡」として国の史跡に正式指定されました。