塩井の湯の暖簾をくぐると、刻が止まったかのような錯覚を覚えます。創業は大正15年(1926年)。元号が大正から昭和へと変わる大きな時代の転換期に、この銭湯は産声を上げました。松本市内にはかつて数多くの街銭湯が点在していましたが、時代の波とともにその姿を消していきました。その中で、塩井の湯は創業当時の趣を色濃く残す数少ない存在です。
脱衣場に足を踏み入れると、磨き上げられた木の床がやさしく足裏を迎えてくれます。頭上を見上げれば、高々と組まれた天井構造。風通しを考慮した昔ながらの設計が、銭湯特有の湿気を巧みに逃がしています。壁際に並ぶのは、使い込まれた木の靴箱やレトロな真鍮鍵のロッカー。中央には、今では滅多にお目にかかれない針式の旧式体重計が鎮座しています。
過剰な装飾はありません。しかし、長年にわたり人の手で清掃され、愛され続けてきた建物だけが放つ特有の「艶」があります。番台に座る店主のあたたかな声が、初めて訪れた客の緊張をすっと解きほぐしてくれます。