徳川家康は、20人以上の妻がいた程女性関係が派手でした。
気に入ったら性格や年齢構わず妻として迎え入れ、自由に恋愛をしていたのです。
その内の1人『旭姫』は豊臣秀吉の実の妹です。
当時、仲違いしていた徳川家と豊臣家の中を取り持つ為の攻略結婚でした。
また10代~60代の間に16人もの子供に恵まれ、そのうちの8人は50代以降の子です。
60代で子供を授かるのは現在でも珍しいくらいの年齢で驚きますね。
徳川家康の子供には、父親未承認の子である『落胤(らくいん)』が10人近くと多くいました。
その中には大名や将軍となる人物も多く、『徳川家光』や『豊臣秀頼』もその中の1人と言われています。
あまりの女性関係の派手さから、子孫を残す為の政治的戦略なのかはたまた手が早く女癖が悪かっただけなのかと議論されています。