インターネットの検索エンジンに名前を入力すれば、18年経った今でも当時の発言やバッシングの記事が瞬時に表示される。これこそが「デジタル・タトゥー」の恐ろしさだ。本人が反省し、社会的制裁を受け、新たなキャリアを築き上げた後も、過去の過ちは半永久的にネットの海を漂い続ける。
2026年の私たちは、このデジタル・タトゥーに対してどうあるべきなのだろうか。「忘れられる権利」の重要性が叫ばれる昨今、過去の失言を理由に一生涯その人物を否定し続けることが正義なのか、それとも更生の機会を認めるべきなのか。あの騒動は、単なる過去のゴシップではなく、現代を生きる私たちの倫理観を試し続ける鏡なのである。 (出典: 倖田 來未 羊水 腐る(Yahoo!ニュース))