辞職後、問題は司法の場へと移った。詐欺罪などに問われた刑事裁判では、神戸地方裁判所での公判が大きな注目を集めた。初公判を健康上の理由でドタキャンするなど波乱の展開を見せたが、最終的に裁判所は懲役3年・執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。返還金の納付と引き換えに実刑こそ免れたものの、政治家としての生命は完全に絶たれた。
法廷を後にした彼の身に待っていたのは、社会的死と言っても過言ではない孤立だった。かつて政治家として威勢のいい発言を繰り返していた人物が、一転して社会の表舞台から完全に姿を消す。それは、昭和・平成・令和を通じて数多く存在する政治スキャンダルの中でも、極めて異質で深い陰影を残す結末だった。