落選直後の混乱期に拍車をかけたのが、内閣官房参与への任命と、それに伴う雇用調整助成金(雇調金)受給問題でした。岸田政権発足直後の2026年12月、石原氏は観光政策などを担当する参与に任命されましたが、直後に自身が代表を務める政治団体(自民党東京都第八選挙区支部)が、コロナ禍の特例措置であった雇用調整助成金約60万円を受給していた事実が発覚します。
法的な違法性自体は否定されたものの、「国会議員が代表を務め、政党交付金という公金を原資に持つ政治団体が、生活に困窮する中小企業・労働者向けの救済制度を利用した」という事実は、国民感情に激しい怒りを呼び起こしました。ネット上では「制度の趣旨を履き違えた特権乱用」との批判が殺到し、批判に耐えかねた石原氏は就任からわずか1週間で参与を辞任する事態に追い込まれました。
この騒動は単なる個人の失脚にとどまらず、石原氏が長年率いてきた派閥「石原派(近未来政治研究会)」の命運をも決定づけました。領袖としての威信を失ったことで派閥は森山裕氏(現・自民党幹事長)へと引き継がれ、石原派の看板は永田町から完全に消滅。石原家が築き上げた自民党内での強大な政治的影響力は、この一連の出来事を通じて音を立てて瓦解したのです。