坂上忍の天才子役時代の活躍についてまとめてみました | かっこいい有名人研究所

毒舌キャラとしても有名な坂上忍さん。

坂上さんを知っている人は、きっと多い事でしょう。

坂上忍さんは、1967年6月1日生まれ、東京都杉並区西萩窪出身。

現在54歳の坂上さんは、俳優・タレント・演出家・コメンテーターなど数多くの場で活躍しております。

“テレビで姿を見ない日はない”、と言えるほど、沢山のメディアに出演しています。

さて、ではそんな様々な場で活躍する坂上忍さんの「芸歴」を皆さんご存じですか?

坂上忍さんは、芸歴=年齢、といってもほとんど相違ありません

なぜなら、5歳のときにはドラマデビューを果たし、国民的子役として活躍していました。

そして毒舌キャラの坂上さんは知っていても、子役の坂上さんを知らない人は意外と多いのです。

今回は、坂上忍さんの天才子役時代の活躍について、3つの項目に分けてまとめました。

坂上さんの可愛らしい子役時代が気になる!と言う方は必見です。

ぜひ、最後まで読んでみてくださいね。

大ブレイクした幼少期時代の代表作品3選

まずはじめに、坂上忍さんが幼少期時代に出演した代表作3つをご紹介します。

坂上さんは、2歳8か月で劇団若草に所属、子役としてデビューを果たしました。

デビュー後は、みるみる頭角を現し、“天才子役”と世間から呼ばれるようになります。

日本の子役ブームの先駆けと言っても過言ではないほど人気だった、坂上忍さん。

人気を博した坂上さんは、幼少期時代に一体どんな作品に出演していたのでしょうか。

実は坂上さんの子役時代の作品について、知らない人も意外と多いようです。

今回は、坂上忍さんの子役時代の代表作品を3つ、あらすじとともにご紹介します。

作品1:ドラマ「ふしぎ犬トントン」

「ふしぎ犬トントン」は、1978年11月から放送開始した作品です。

いじめられっこの少年・タロー(坂上忍)は、ある日不思議な犬と出会います。

犬は、人の言葉をはなし、「トントン」と音をたてるとぬいぐるみに変身。

不思議なその犬の正体は、何と犬型の宇宙人だったのです。

タローとトントンの周りでは、様々な騒動が立て続けに起こるようになったのでした。

「ふしぎ犬トントン」は、坂上忍さんが初主演を務めた作品でもあります。

この作品の当時、坂上さんは11歳。

少し長めのヘアスタイルと短パン姿という、現在の坂上さんからは想像しづらい貴重な姿を見ることができますよ。

また犬型の宇宙人・トントンとのやりとりもとても可愛らしいです。

動物好きで有名な坂上忍さん。

犬型の宇宙人ではありますが、トントンとのシーンは動物好きの坂上さんの面影を連想させるかもしれませんね。

作品2:ドラマ「ありがとう(第3シリーズ)」

「ありがとう」は、1970年から1975年まで放送されたシリーズ作品です。

第1シリーズから第4シリーズまで放送され、シリーズごとに物語の舞台が変わり、様々な面白味があります。

坂上忍さんは、第3シリーズ・魚屋編に出演しました。

江戸時代から続く老舗の魚屋の娘・志村愛は、5代目として元気に店を切り盛りしていました。

愛は、同じマーケット内に同居する、青果店の長男・寺川元気のことが少し気になる様子で・・・?

東京・東北沢のマーケットを舞台に、店を営む人々との交流を通した“ありがとう” の心を描いた作品です。

このドラマで化粧品店の一人息子・善吉役を演じた坂上さん。

出演当時は6歳ということで、まだまだあどけなさの残る、無邪気な坂上さんを見ることができます。

また作品内で坂上さん演じる善吉は、主人公・愛に懐く子ども、という役どころです。

可愛らしい姿に加えて、甘えん坊。

きっと当時見ていた人の心を、メロメロにそして、鷲掴みにしたことでしょう。

さらにこの作品で共演した、水前寺清子さん・前田吟さんについて。

坂上さんは2人のことを、「大先輩であり、師匠であり、両親のような存在」と言っています。

その関係は、40年以上経った現在も変わらないそうです。

作品3:ドラマ「赤い疑惑」

「赤い疑惑」は、1975年に放送が開始された作品です。

大学助教授である、大島茂の娘で17歳の幸子。

ある日、父が勤務する大学で幸子は爆発事故に巻き込まれ、大量の放射線を浴びてしまいます。

のちに幸子は白血病となり、闘病生活を送ることに。

闘病生活のさなか、幸子は自分が大島家の本当の娘ではないことを知ってしまうのでした・・・。

「赤い疑惑」で坂上さんは、第15話に登場しました。

当時8歳の坂上さんは、白血病を患い入院する少年の役を演じています。

主人公・幸子とトランプをしたり凧あげをしたり。

実際8歳の子どもなので、“子どもらしい”と言う表現は適切ではないかもしれません。

でもつい、子どもらしいと言ってしまいたくなるほど、出演している坂上さんの演技が自然なのです。

さすが“天才子役”というべきか。

さらには、シュークリームを頬張り、口周りや鼻にクリームをつけて話す。

そんな「あざと可愛い」坂上さんの姿を見ることができますよ。

坂上忍自身が子役時代の自分に対して思うこと

天才子役と世間から称された、坂上忍さん。

では、坂上さん自身は自分の子役時代についてどう考えているのでしょうか。

坂上忍さん自身が子役時代の自分に対して思うこと、について調べてみました。

坂上さんは子役時代を振り返り、「当時は早く子役をやめたかった」とよく語っています。

当時は、とにかく早く子役をやめたかった。泣く芝居はできるのに、笑う芝居はできない。周りから見れば不思議な子だったと思います。

NEWSポストセブン:https://www.news-postseven.com/archives/20160201_381622.html?DETAIL

笑う芝居に苦戦していた様子の坂上さん。

出演していた作品では、自然に笑えているように感じます。

ですがやはり、本人の中で納得できない何かがあったのかもしれませんね。

また子役をやめたいと思っていた理由は、演技以外にもあったようで。

仕事が忙しくて、大好きな野球も諦めざるを得なくなった。なんで自分は普通じゃないんだろうと、ずっと悩んでいました。

NEWSポストセブン:https://www.news-postseven.com/archives/20160201_381622.html?DETAIL

“天才子役”と呼ばれ、有名になるほど多忙になり自分の時間が減っていったという坂上さん。

いくら才能に溢れているといっても、まだ幼い子どもです。

同年代の子ども達と同じように、好きな遊びをしたい!という子どもながらの思いも強くあったのでしょうね。

子役をやめたい想いを秘めていた坂上さんですが、途中でやめることなく子役を続けたのにはワケがあります。

それは、借金返済。

父の借金を返すため、坂上さんは途中で子役をやめることなく10年近く子役を続けたのでした。

幼いながらに家族のために、頑張った坂上忍さん。

本当にすごいですよね。

がむしゃらに続ける中で、ある監督に言われた「慣れたら終わるぞ」という言葉も印象深く残っていたそう。

その言葉を聞いた坂上さんは、子どもながらにオーディションに受かる術を模索したり、ちやほやされることに慣れないようにしていたとか。

自分自身でも、当時を振り返ると、物凄く醒めた子どもだと感じるようです。

何気なく、あたりまえのように子役時代を振り返る坂上さんですが、決して誰にでもできることではありません。

家族のため子どもながらに10年近く頑張ったことをはじめ、全部が“坂上忍さん”という人のもつ凄さなのだと思います。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。