ロックボーカリストにとって、自分の声を失うことは自らの存在価値そのものを奪われるに等しい。1990年代半ば、凄まじい密度の全国ツアーと連日のレコーディングが続くなか、彼の喉は悲鳴を上げた。「心因性発声障害」――頭では歌おうと意図しても、喉の筋肉が硬直して意図通りに機能しない。マイクに向かっても声が出ないという恐怖と葛藤は、想像を絶するものだった。
バンドの活動休止、そして解散。文字通りすべてを失ったかのような状況下にあっても、彼は音楽を捨てる選択をしなかった。医師による治療に頼るだけでなく、解剖学や発声メカニズムを独学で研究し、精神と肉体のバランスをゼロから再構築する果てしない日々。言葉にならないもどかしさを抱え、自分自身の身体と向き合い続けた14年間は、単なるリハビリ期間ではなく、人間としての自我を深く深く掘り下げる試練の時であった。