現在でも紀子さまの若い頃は、超かわいいと話題になるくらいです。
話題になるほどの紀子さまの若い頃を見ていきましょう。
幼少期はアメリカで過ごした
紀子さまは、6歳までアメリカのペンシルベニア州で過ごされていました。
父の辰彦さんが、アメリカのペンシルベニア大学に留学したのがきっかけで、母親の和代さんと紀子さまも一緒にアメリカに渡って生活していました。
現地の幼稚園に通っていたこともあり、紀子さまが若い頃から英語でスピーチができるほど英語力が高いことにも頷けますね。
中学・高校は学習院
紀子さまは中学1年生の9月頃に帰国し、中学・高校と学習院で過ごされました。
父の辰彦さんが仕事上かなりの転勤族であったことから、日本や海外を転々とする事が続いていました。
帰国後の1979年9月に、学習院女子中等科へ編入し、その後に学習院女子高等科へ進みました。
女子高等科時代には、厚生委員を務めていたことから、街頭に立ってハンセン病患者をはじめ恵まれない人たちへ募金を呼びかけたり、身体障害者の人たちが作った絵葉書を進めたりする活動に取り組んでいました。
募金を呼びかけたり、障害者のために活動していたりと、当時から紀子さまの優しさが伝わってきますね。
秋篠宮さまとご結婚
1990年6月29日(当時23歳)に皇室会議を経て婚約し、秋篠宮文仁親王とご結婚されました。
2人が知り合ったきっかけは、2人とも通っていた学習院大学の学内にある書店のご主人が、秋篠宮さまに「こちら、川嶋教授のお嬢様です」と紹介したのがことの始まりでした。
この時に、秋篠宮さまが紀子さまに一目惚れされたそうです。
秋篠宮さまは一学年上に在籍しており、秋篠宮さまが結成したサークル・自然文化研究会に紀子さまを誘い、親密な仲となっていきました。
交際がスタートし、2人の関係はマスコミなどからも大きく取り上げられていました。
当時の紀子さまは、一家で3LDKの家賃3万3000円の学習院大学の共同住宅に住んでいたことから、『3LDKのプリンセス』と呼ばれていました。
また、近隣の学校の男子からも「可愛い子がいる」と評判だったそうです。
確かに透明感があり、透き通るくらいな美人さんですよね。
その後、1986年6月に秋篠宮さまからプロポーズを受けましたが、紀子さまは「少し考えさせてください」と即答することはできませんでした。
プロポーズから3年の月日が経ち、2人の結婚は1989年9月12日の皇室会議にて正式に決定されました。