政孝のウイスキー造りを精神的・実生活の両面から支え続けたリタは、1961年(昭和36年)1月、結核のため63歳で息を引き取りました。最愛の伴侶を失った政孝の悲しみは計り知れず、しばらくの間は自室に閉じこもる日々が続いたと伝えられています。しかし政孝は再び立ち上がり、リタへの哀悼と感謝を込めて最高傑作「スーパーニッカ」を世に送り出しました。
その後も仙台に宮城峡蒸溜所を開設するなど、生涯現役の技術者として情熱を燃やし続けた政孝は、1979年(昭和54年)7月17日、肺炎のため85歳でこの世を去りました。現在、政孝とリタは、余市蒸溜所を見下ろす北海道余市町美園の小高い丘にある竹鶴家墓地で、静かに寄り添うように眠っています。墓石には二人の名前が刻まれ、今も国内外から多くのウイスキーファンが感謝の祈りを捧げに訪れます。
政孝の妥協なき情熱が結実したジャパニーズウイスキーは、ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)やWWA(ワールド・ウイスキー・アワード)などで数々の世界最高賞を獲得。2026年に施行された「ジャパニーズウイスキーの表示基準」の厳格化を経て、政孝が余市で築いた本物の製法は、世界中の愛好家から極めて高い信頼と羨望を集め続けています。