インターネット上のコミュニティやSNSでは、ウルスラに関して様々な都市伝説や憶測が飛び交うことがあります。代表的な誤解と、角野栄子氏による原作小説における描かれ方について検証します。
誤解①:「ウルスラはキキの生き別れの姉、あるいは妄想の産物である」
ネット上では時折、声優が同じであることから「キキのドッペルゲンガーや妄想ではないか」という極端な考察が見られますが、これは完全な誤解です。公式設定上、ウルスラは肉体を持った生身の他者であり、二人が過ごした時間や手渡された鳥のぬいぐるみは客観的現実として描かれています。兼役の意図はあくまで「心理的・演出的な相似性」を表現するための芸術的選択です。
誤解②:「ウルスラは生涯独身で森に住み続ける」
原作小説における画家の少女は、映画版のように一箇所に留まり続けるだけではありません。物語が進むにつれて彼女も自身の画業を広げ、街に出て個展を開くなど、着実に自立した大人の表現者としてのキャリアを築いていきます。キキとも手紙などを通じて生涯にわたる友情を育み続け、キキが大人になり結婚・出産を経た後も、互いをリスペクトする大切な戦友であり続けます。
宮崎駿監督は、1980年代末当時の日本において「親元を離れて都市で働く若い女性たち」の心情をリアルに投影するためにウルスラを配置しました。社会に出て誰もが直面する「自立の痛み」と「自分は何者かという問い」に対し、ウルスラという大らかで力強い存在を配置することで、作品に普遍的な人生賛歌の強度を与えたのです。