デビュー後、グループとしての勢いを加速させていた2002年、相葉を激痛と絶望が襲う。胸の強い痛みを訴えて緊急入院した彼の診断結果は「自然気胸」。右肺が破れ、即座に手術と静養を余儀なくされたのだ。
ハワイでのコンサートや大事な仕事を目前に控えていた時期だった。病室のベッドで彼は「このまま嵐を辞めなければいけないかもしれない」「メンバーに迷惑をかけている」と涙を流し続けたという。復帰後のステージでは激しいダンスを控え、マイクの代わりにタンバリンを手にしてステージに立った。その悔しさと、彼を温かく支えたメンバー4人の絆が、後に嵐というグループの結束を揺るぎないものへと変えていった。