池田昌子の原点は、幼少期に所属した児童劇団にあります。戦後間もない時期から子役として舞台やラジオドラマに出演し、劇団泉座を経て本格的に演技の基礎を叩き込まれました。テレビ放送が始まった1950年代半ば、当時は外国映画の吹き替えもアニメのアフレコもすべて「生放送」で行われており、失敗が一切許されない過酷なスタジオ環境が日常でした。
1960年、声優や俳優の権利擁護と地位向上を目指して設立された「俳協」の創設メンバーとしても名を連ね、声の演技がまだ正当に評価されていなかった時代から業界の地盤作りに尽力しました。当時のインタビュー記録によると、「当時は声優という専門職の意識はなく、舞台俳優がマイクの前で必死に演技をしていた感覚だった」と池田は回顧しています。
特筆すべきは、その演技の幅広さです。後年のエレガントな女性像とは対照的に、1969年に放送を開始した国民的アニメ『サザエさん』では、なんと初代・磯野カツオ役(放送初期の数ヶ月間)を担当していました。いたずら盛りの少年から可憐な令嬢、威厳ある母親までを演じ分けられた柔軟性こそが、後の大ブレイクの下地となったのです。