南方熊楠記念館を120%楽しむためには、まず彼がどのような生涯を送った人物なのかを知ることが欠かせません。1867年(慶応3年)に和歌山城下で生まれた熊楠は、幼少期から驚異的な記憶力を発揮し、全105巻に及ぶ『和漢三才図会』をわずか数年で筆写・暗記したという伝説を残しています。
東京大学予備門へ進学するも、講義に縛られることを嫌い中退。その後、アメリカへ渡り、さらにイギリスの大英博物館で東洋の古文書の整理や科学雑誌『ネイチャー』への論文寄稿を行いました。英語・フランス語・ドイツ語・ラテン語・サンスクリット語など十数カ国語を自在に操り、世界最高峰の学術誌に日本人最多クラスの論文を掲載させた実績は、当時の国際社会でも異彩を放っていました。
帰国後は那智山や田辺に拠点を構え、粘菌(変形菌)や隠花植物の採集・研究に没頭。1929年(昭和4年)には、昭和天皇が紀州を行幸された際、戦艦長門の艦上で自ら進講を行い、キャラメルの大箱に収めた粘菌標本をご進講した逸話はあまりにも有名です。自らの信念を曲げず、権力に屈しなかった破天荒な生き様そのものが、現代人の心を強く揺さぶっています。