愛媛県の名門・松山商業高校から近畿大学を経て、1968年ドラフト4位で南海ホークスに入団した藤原満氏。俊足巧打の三塁手として頭角を現すと、野村克也監督体制下のチームで不動のレギュラーへと定着しました。
藤原氏の代名詞といえば、バットを指3本分以上余らせて握る極端な短バットスタイルです。投手の投球をバットの芯で叩き切るようなスイングは「チョップ打法」とも呼ばれ、どんな厳しいコースもファウルにして投手を根負けさせる驚異の粘り腰を誇りました。主将としても名門ホークスを力強く牽引し、チームの精神的支柱として君臨しました。
プロ14年間の現役生活で積み上げた通算1334安打・227盗塁・打率.278という成績は、パ・リーグの猛者たちが鎬を削った昭和のグラウンドで残した確かな足跡です。1976年には三塁手としてベストナインを獲得するなど、攻守走のすべてにおいて職人と呼ぶにふさわしい活躍を見せました。