大石神社を語る上で欠かせないのが、兵庫の赤穂大石神社と京都の京都大石神社という二つの拠点の存在である。赤穂城跡の武家屋敷街に位置する赤穂大石神社は、四十七士の石像が両脇に整列する圧巻の参道が出迎えてくれる。潮風が抜ける広大な敷地には、義士たちが過ごした日々の息遣いと、主君を失った武士たちの無念が今も静かに沈殿している。
一方、京都市山科区の京都大石神社は、内蔵助が討ち入りまでの約1年間、世間の目を欺くために隠棲した地に建つ。遊蕩に身を持ち崩したふりをしながら、同志と密書を交わし、綿密な計画を練り上げた隠れ家だ。山科の豊かな自然に包まれた境内は、静謐でありながらも研ぎ澄まされた知略の気配が漂う。赤穂が「決起と忠誠の地」であるならば、京都は「忍耐と沈潜の地」。双方を訪れることで、大石内蔵助という稀代のリーダーの全貌が立体的に立ち上がってくる。