言葉は生き物である。「べらぼう」という単語も例外ではなく、時代を下るにつれて意味のベクトルが二方向に分裂していった。ひとつは「べらぼうに強い」「べらぼうに高い」のように、数量や程度が甚だしいことを表す強調の副詞的用法だ。
もうひとつは、原義に近い「愚か者」「ふざけた奴」という侮蔑の対象としての用法。現代日本の日常会話においては前者の副詞的文脈で使われるケースが圧倒的であり、肯定・否定のどちらの文脈にもフィットする柔軟性を獲得している。
言葉は生き物である。「べらぼう」という単語も例外ではなく、時代を下るにつれて意味のベクトルが二方向に分裂していった。ひとつは「べらぼうに強い」「べらぼうに高い」のように、数量や程度が甚だしいことを表す強調の副詞的用法だ。
もうひとつは、原義に近い「愚か者」「ふざけた奴」という侮蔑の対象としての用法。現代日本の日常会話においては前者の副詞的文脈で使われるケースが圧倒的であり、肯定・否定のどちらの文脈にもフィットする柔軟性を獲得している。