第87代~89代内閣総理大臣の小泉純一郎氏。
厚生大臣や農林水産大臣を経て、総理大臣まで上り詰め、政治家として大成功を収めています。
郵政民営化や安倍晋三氏に次ぐ長期政権でも有名ですね。
2人の息子が活躍しているのはご存じの通りですが、小泉純一郎氏の祖父や父も政治家として活躍していました。
また、元妻もエスエス製薬の元会長の孫ということで、一族みんなが華々しい経歴のようです。
それでは、詳しく掘り下げてみましょう。
家系図
華々しい肩書を持った人がたくさんいるのが分かると思います。
どんな活躍をした人たちなのか、順番に見ていきましょう。
優秀な祖先
小泉純一郎氏の父は、小泉純也。
小泉純一郎氏の祖父は小泉又次郎。
ともに政治家として、活躍していました。
父も祖父も政治家として活躍していたとは、かなり優秀な家系ですよね。
それでは、詳しく見ていきましょう。
祖父:小泉又次郎
小泉純一郎氏の祖父である小泉又次郎は、横須賀市長や逓信省(かつて日本に存在した、通信や郵便を管轄する省庁)の大臣、衆議院副議長を歴任した人物です。
現在の神奈川県横浜市で、とび職人の次男として生まれます。
のちに横須賀に移り住み、少年時代を横須賀で過ごしました。
小学校の教員をしていましたが、兄の急死により、父の後を継いでとび職人になったそうです。
とび職人になることを決意した証に、全身に入れ墨を彫ったのです。
その後は横須賀市長、神奈川県会議員を経て衆議院議員になります。
そして衆議院副議長、立憲民政党幹事長を務め、逓信大臣にまで上り詰めました。
全身に入れ墨があったことから、入れ墨大臣と呼ばれていたそうです。
父:小泉純也
小泉純一郎氏の父である小泉純也も政治家で、衆議院議員、防衛庁長官を務めました。
小泉純也は鹿児島県の漁師、鮫島家に生まれました。
家は貧しく、小学校卒業後には働きに出ていたそうです。
その後、働きながら日本大学法学部政治学科の夜学に通い、立憲民政党の職員になりました。
立憲民政党の幹事長だった又次郎の娘、芳江と出会い、2人は恋に落ちます。
ところが、小泉又次郎は大反対。
駆け落ちしてしまった娘に対し、又次郎は「帰ってこい」と、新聞広告まで出したそうです。
結局、小泉又次郎が折れる形で2人の結婚を認めることとなりました。
入れ墨大臣も愛娘の恋心には敵わなかったようですね。
自分の上司の娘と駆け落ちなんて、実に大胆です。
鮫島姓のときには「すみや」と名乗っていましたが、結婚して小泉姓になったときに「じゅんや」に変えたそうです。
政治家としては、1952年に小泉又次郎の後継者として衆議院議員になり、その後は防衛庁長官にまでなっています。
ちなみに下記の人物の家系図もすごすぎます。
吉田茂の家系図にまさかの人物の名前が複数あった!気になる方はチェックしてみてください。
