利根川を「坂東太郎」と呼ぶ。この雅称は単なる愛称ではない。
筑後川の「筑紫次郎」、吉野川の「四国三郎」と並び、日本三大暴れ川として知られる利根川。坂東(関東地方の古称)を代表する「太郎」——長男という意味を込めたこの呼び名は、室町時代後期の文献にすでに登場する。全長322キロメートル。流域面積は約1万6840平方キロメートルに及ぶ。
この巨大な水系が育んだのは、独自の食文化だった。流域には江戸時代から蕎麦の栽培が盛んで、特に群馬県や茨城県北部の山間部では良質な蕎麦が収穫された。水運が発達していたため、上流の蕎麦粉が下流域にも流通。流域全体で共通する「坂東太郎流の蕎麦文化」が形成されていった。
江戸との関係性
利根川は江戸の胃袋を支えた。年越しそばの習慣が江戸で定着したのは18世紀初頭とされるが、その蕎麦粉の多くが坂東太郎流域から供給されていた。逆に、江戸で洗練された蕎麦文化が利根川を遡上し、流域各地で独自の発展を遂げる。この相互作用が、坂東太郎の年越しそば文化を豊かにした。