日本のクリスマスを象徴する二大要素である「フライドチキン」と「恋人たちの夜」。この組み合わせは自然発生したものではなく、明確な仕掛け人と時代背景が存在します。
まず、日本のクリスマスチキン理由の中核にあるのが、日本KFC(ケンタッキーフライドチキン)の歴史的なマーケティング戦略です。1970年の大阪万博で実験店を出店した同社は、同年11月に名古屋へ1号店を構えたものの、当初は「何フライドチキンなのか」さえ認知されず、極度の経営難に陥っていました。転機となったのは、1970年代初頭の青山店での出来事でした。当時の店長であった大河原毅氏(のちの日本KFC社長)が、日本在住の外国人が「七面鳥(ターキー)が手に入らないため、代わりにケンタッキーのフライドチキンで代用してクリスマスを祝おうとしている」という話を耳にし、これを即座に商機と捉えたことが発端です。
日本KFCは1974年、「クリスマスにはケンタッキー」と銘打った全国キャンペーンを本格展開しました。当時、オーブンが普及していなかった日本の一般家庭にとって、丸ごと焼く七面鳥を調達・調理することは極めてハードルが高い行為でした。手軽に買えて特別感のある「フライドチキン」は、高度経済成長を経て西洋風の食卓に強い憧れを抱いていた中間層の需要に完璧に合致したのです。さらに「カーネル・サンダースの風貌がサンタクロースに酷似している」という偶然の視覚的一致も手伝い、わずか数年で「12月24日=フライドチキン」という強烈な条件反射が国民の意識に刷り込まれました。
一方、日本のクリスマス恋人なぜという問いを解く鍵は、1980年代のバブル経済とメディア戦略にあります。それまでの日本のクリスマスは、戦後の復興期から高度成長期にかけて確立された「子どもにプレゼントを渡し、家族でケーキを食べるホームドラマ的な日」でした。この潮目を一変させたのが、1980年代に急成長を遂げた女性情報誌(『an・an』『CanCam』等)とトレンディドラマです。
1980年に松任谷由実が発表した名曲「恋人がサンタクロース」が、1987年の映画『私をスキーに連れてって』の挿入歌として爆発的ヒットを記録すると、メディアは一斉に「クリスマスイブは恋人とロマンチックな高級フレンチを食べ、夜景の見えるシティホテルで過ごすのが洗練された大人のステータス」という物語を喧伝しました。赤坂プリンスホテル(当時)をはじめとする都心のラグジュアリーホテルでは、クリスマスイブの客室予約が1年前から殺到し、電話回線がパンクする社会現象が発生。こうして家族向けの行事から「独身男女が恋愛成就を懸ける決戦の夜」へと、商業的な再定義が完了したのです。