掌の上のグラフィック史:マッチ箱博物館が明かす近代日本の熱量とレトロデザインの深遠

掌の上のグラフィック史:マッチ箱博物館が明かす近代日本の熱量とレトロデザインの深遠

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日本のマッチ産業の始祖とされるのが、明治8年(1875年)に東京・金杉で新燧社(しんすいしゃ)を設立した清水誠だ。フランスに留学し、科学技術とマッチ製造法を学んだ清水の挑戦から、日本のマッチ史は始まった。

驚くべきは、その後の急速な産業的発展である。明治10年代に入ると、安価で高品質な日本製の安全マッチは、中国(清国)や東南アジア、さらにはアメリカへと大量に輸出された。当時、生糸や茶と並び、国家の外貨獲得を支える最重要輸出項目の一つへと上り詰めたのだ。

輸出品としてのマッチには、現地の人々の好みに合わせた華やかなラベルが貼られた。中国向けには象徴的な龍や獅子、幸運をもたらす漢字が躍り、インド向けには神話の神々が精緻な多色刷りで描かれた。マッチ箱博物館に所蔵されている初期の輸出用ラベル(燐寸票)を鑑賞すると、当時の日本が優れた印刷技術と異文化への高い順応性を備えていた事実が浮き彫りになる。

神戸のマッチ産業とヴィンテージマッチラベル
山本 拓海
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山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。