中村紀洋のキャリアは、日本のプロ野球史における波乱のドラマそのものだ。1990年代後半から2000年代初頭にかけて、近鉄バファローズの超強力打線「いてまえ打線」の4番として君臨。怒涛の連打と本塁打でチームをリーグ優勝へと導き、2000年シドニーオリンピック野球日本代表としても日の丸を背負って世界と戦った。
その後、夢を追って名門ロサンゼルス・ドジャースへ渡米。しかしメジャーの壁や不運なケガに直面し、帰国後は巡り合わせの試練にさらされる。育成選手としての再出発を受け入れた中日ドラゴンズでは、泥臭く這い上がり、日本シリーズ2007で最高殊勲選手(MVP)に輝いて完全復活を果たした。
晩年に移籍した横浜DeNAベイスターズでは、若手主体のチームにおいて精神的支柱となり、地道な安打の積み重ねによって通算2000本安打を達成。幾度倒れても立ち上がり続けた不屈のタフネスさこそが、彼の名球会入りを支えた真の力である。