水産資源および遊漁ターゲットの双方で高い知名度を持つ「チヌ」。まず明確にしておくべきは、「チヌ」と「クロダイ(黒鯛)」は完全に同じ標準和名クロダイを指す魚であるという事実です。スズキ目タイ科クロダイ属に分類され、北は北海道南部から南は九州、琉球列島近海に至る日本全国の沿岸水域に分布しています。
では、なぜ2つの呼び名が存在し、現在も使い分けられているのでしょうか。その起源は平安時代以前の歴史的背景に遡ります。かつて大阪湾一帯は豊かな漁場として「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれており、そこで豊富に水揚げされた黒い鯛が「茅渟鯛(ちぬだい)」、転じて「チヌ」と呼ばれるようになりました。これが西日本全域に定着した一方、東日本では見た目の色合いそのままに「クロダイ」と呼ばれるようになり、現代の方言・地域文化として二分された経緯があります。現在でも釣具業界や西日本の鮮魚店では「チヌ」、学術分野や東日本の市場では「クロダイ」の呼称が主流です。
成長で名前が変わる「出世魚」としてのチヌの呼び名一覧
チヌはブリやスズキと同様に、成長段階に応じて呼び名が変わる出世魚としても親しまれてきました。地域によって細かな差異はありますが、代表的なサイズ別の呼び分けは次の通りです。
- チンチン/ババタレ(約15cm未満):当歳魚から1歳魚の幼魚期。手のひらサイズで数釣りが楽しめる時期。
- カイズ(約15cm〜30cm前後):2〜3歳前後の若魚。引き味に鋭さが増し、塩焼きに適したサイズ。
- チヌ/クロダイ(約30cm〜49cm):成魚。警戒心が一気に跳ね上がり、釣りにおける本格的なターゲットとなる。
- 年無し(トシナシ・50cm以上):半世紀(50年)生きているのではないかと例えられるほどの大型個体。実年齢は十数年以上と推定され、釣り人の憧れの象徴。
- ロクマル(60cm以上):一生に一度出会えるかどうかの幻級の超大型個体。
キビレ(キチヌ)とチヌの決定的な見分け方
堤防や河口でチヌを狙っていると、非常によく似た魚「キビレ(標準和名:キチヌ)」が釣れる場面に頻繁に遭遇します。市場魚貝類図鑑や各地の水産試験場データでも両者の混同が指摘されますが、確実に見分けるポイントは「ヒレの色」と「側線上方鱗数(そくせんじょうほうりんすう)」の2点です。
キビレはその名の通り、腹ビレ、尻ビレ、尾ビレの下半分が鮮やかな黄色に染まっています。これに対し、チヌ(クロダイ)のヒレは全体が灰色から漆黒、あるいは濁った銀色です。また、背ビレの前部から側線(魚の体側にある感覚器官の線)までのウロコの列数を数えると、チヌが「5.5列〜6.5列(通常5枚以上)」あるのに対し、キビレは「3.5列〜4.5列(4枚以下)」と明らかに少ないため、体色が薄い個体であっても明確に判別が可能です。