本名・安孫子素雄。彼を語る上で欠かせないのが、生涯のパートナーであり盟友であった藤子・F・不二雄(本名・藤本弘)とのコンビ関係だ。富山県高岡市での運命的な出会いから始まり、共同ペンネーム「藤子不二雄」として数々の名作を世に送り出した歴史は、漫画界における伝説である。
長年彼らを取材してきた出版大手の小学館元編集者や、プロダクションである藤子スタジオの旧知の関係者が語る秘話がある。コンビ解消後も二人の間には言葉を超えた深い信頼が存在していた。「藤本くんは天才。僕はずっと彼の第一号のファンだった」――安孫子素雄は生前、周囲にそう照れくさそうに語っていたという。作風がポップな児童漫画とダークな劇画へと分かれていった後も、お互いの作品を誰よりも評価し、刺激し合い続ける関係性は変わらなかった。
ある元担当編集者は回想する。「安孫子先生はスタジオでいつも笑っていた。スタッフへの気配りを絶やさず、締め切り前の修羅場でも趣味のゴルフや映画の話で場を和ませていた。だが、ひとたび原稿に向かうと、ペン先から漆黒の魔力が溢れ出すようだった」。このオンとオフの落差こそが、藤子不二雄Ⓐという稀代のクリエイターの原動力だった。