2人の出会いは、高校野球の名門・高知商業高校時代にさかのぼります。藤川監督は1997年夏の甲子園に2年生エースとして出場し、脚光を浴びていましたが、英子さんとは高校2年生の時に同じクラスになったことをきっかけに交際をスタートさせました。
1998年のドラフト1位で阪神タイガースに入団した藤川監督は、入団直後から右肩の違和感や投球フォームの試行錯誤に苦しみ、二軍生活が続く厳しい現実に直面します。高知と鳴尾浜(兵庫県)の遠距離恋愛が続く中、プロ2年目のオフとなる2000年12月、2人は20歳という若さで婚姻届を提出しました。
藤川球児 結婚 理由について、藤川監督は過去の手記やインタビューで「早く生活の基盤を安定させ、野球だけに集中できる環境を作りたかった」と明かしています。将来の活躍が保証されていない若手時代に、生涯の伴侶として人生を預け合った決断力こそが、後の「JFK」結成や球史に残るクローザーへの飛躍を支える精神的土台となったことは間違いありません。