国籍変更が発表された当初、日本や一部の海外メディアからは「五輪出場の資格を金や知名度で買ったのではないか」という厳しい批判が相次いだ。しかし、彼が現地で見せた行動が、そうした雑音を少しずつ打ち消していく。
彼はカンボジアの若い陸上選手たちへ自費でシューズやウェアを寄付し、現地の練習環境の改善に尽力した。また、カンボジア国内の主要マラソン大会に何度も足を運び、現地の人々と共に汗を流した。単に「五輪に出るための手段」として国籍を利用したのではなく、一人のカンボジア人アスリートとして同国のスポーツ発展に誠心誠意向き合ったのだ。
その地道な貢献姿勢は、カンボジア陸上競技連盟や現地国民の心を動かした。リオ五輪の代表選考時、現地では「彼こそが我が国の代表だ」と温かく後押しする声が大多数を占めるようになっていた。