結婚生活は長くは続かなかった。1978年に長男の孝太郎氏、1981年に次男の進次郎氏が誕生。一見すると後継ぎに恵まれた順風満帆な家庭に見えたが、夫婦間の溝は決定的な段階に達していた。選挙地盤を守る姉たちの発言力は絶対であり、家庭内での佳代子氏の孤立は深まるばかりだった。
1982年、二人は離婚に合意する。結婚生活はわずか4年余り。しかし、この別れには残酷すぎる運命が待っていた。離婚協議が成立した当時、佳代子氏のお腹の中には第3子となる男児が宿っていたのだ。
決定事項として、長男・孝太郎氏と次男・進次郎氏の親権は純一郎氏側が持ち、生まれてくる第3子のみを佳代子氏が引き取って育てることになった。幼い二人の息子の手を離さざるを得なかった母の絶望。お腹に新しい命を抱えたまま、身一つで小泉家を去る佳代子氏の胸中は、察するに余りある。