この楽曲を語る上で、プロデューサーであり恩師でもある竹田健二の存在を抜きにすることはできない。当時、STVラジオのディレクターを務めていた竹田は、全国フォーク音楽祭の北海道大会で落選した無名の青年・松山千春の才能をいち早く見抜いた。
竹田の熱心な後押しによって、1977年1月にシングル『旅立ち』で鮮烈なデビューを果たした松山千春。その直後にリリースされたファーストアルバムのタイトル曲となったのが『君のために作った歌』である。レコード会社「キャニオン・レコード」から世に送り出されたこの作品は、北の大地の息吹を全国へ届ける架け橋となった。竹田の急逝という深い悲しみを乗り越えながらも、千春が歌い続けた背景には、恩師に対する深い感謝と誓いが込められていた。