神話の主人公たちの描き方にも、当時の政治状況が色濃く反映されている。例えば、皇祖神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)の描写だ。『古事記』では、弟のスサノオの暴挙に怯えて天の岩戸に隠れてしまうような、非常に人間らしく、時に打たれ弱いキャラクターとして描かれている。
しかし、『日本書紀』ではそのような「弱さ」は極力排除されている。国家の威信を背負う太陽神として、常に威厳に満ちた存在でなければならなかったからだ。歴史は勝者によって作られるというが、まさに大和朝廷の権威を正当化するためのプロパガンダ装置として、両書は異なるアプローチをとったのだ。