しかし栄光は永遠には続きませんでした。
1990年代に入ると、Jリーグの発足とともに若年層のサッカー環境が激変します。優秀な選手はクラブチームのユースへ流れ、高校サッカーの勢力図が塗り替わっていきました。
日本学園も例外ではありません。かつてなら入部していたレベルの選手が、クラブユースを選ぶようになります。部員数は減少し、実力も相対的に低下。2000年代には東京都大会で初戦敗退が続く時期もありました。
さらに少子化の影響も直撃します。学校全体の生徒数減少に伴い、部活動の選択肢が増えたことで、サッカー部への入部者も減りました。ピーク時には70名いた部員が、2010年代には30名を切る年も。
グラウンド使用の制約も深刻化します。都心部の学校という立地条件ゆえ、十分な練習環境を確保するのが年々困難に。他の部活動との調整、近隣住民への配慮など、様々な制約の中での活動を強いられています。