1990年代半ば、吉本興業の若手養成所であるNSC東京校の門をたたいた三浦誠己。当時のお笑い界は若手による熾烈な生存競争が繰り広げられる過酷な環境だった。彼はコンビ「トライアングル」として活動し、劇場でネタを磨き上げる日々を送る。観客の反応をダイレクトに浴びるお笑い芸人としての時間は、彼の表現者としての骨格を形作った。
先輩である千原ジュニアをはじめとする第一線の芸人たちからも、その独特の間合いやセンスは評価されていた。しかし、スポットライトの当たる舞台の裏で、彼の心の中には徐々に「言葉を使わずに感情を表現する演技」への情熱が芽生え始める。2003年、絶頂期を迎える前にお笑い芸人としての活動に終止符を打ち、俳優への転身を決断した。その潔い引き際こそが、役者・三浦誠己の第一歩だった。