「どうせ好感度を上げたいだけだろう」――SNS上で他者への支援を表明すると、しばしばこうした「偽善」のレッテル貼りがなされる。確かに、自己顕示欲や見返りを求めて行う行為は、純粋な善意とは呼べないかもしれない。しかし、社会学者の間では「動機はどうあれ、結果として誰かが救われるのであれば、それは立派な利他行動である」という見方が大勢を占める。
純粋無垢な善意だけを求めていては、誰も行動を起こせなくなる。完璧な聖人君子を目指す必要はない。「下心があってもいい、まずは行動すること」が、結果的に社会を良くしていくのだ。