90年代から2000年代にかけ、日本のバンドシーンには空前のスカパンク/スカロックのブームが到来した。高速で刻まれる2ビートに、ディストーションギターとパワフルなホーンセクションが絡み合うこのジャンルにおいて、増井朗人のプレイスタイルは完成の域に達する。
KEMURIにおける爆発的なダイナミズム
「PMA(Positive Mental Attitude=肯定的精神姿勢)」を掲げ、日米を股にかけて活動したスカパンクバンド「KEMURI」。増井はその強力なホーンセクションの一角として、ライブハウスの床を揺らす重低音を提供した。過酷な全米ツアーや連日のハードなステージにおいて、ピッチを損なわずに大音量でブロウし続ける彼のパフォーマンスは、若いキッズや同業者たちを圧倒した。
LÄ-PPISCHやTHE THRILLでの多角的なアプローチ
また、ミクスチャーロックの先駆者であるLÄ-PPISCH(レピッシュ)へのサポート参加や、15人以上のビッグバンド編成でロックを鳴らす「THE THRILL」での活動を通じ、彼の表現力はさらに多角化していった。単なる「壁」としての管楽器ではなく、リズム隊と対話するように跳ねるパーカッシブなトロンボーンワークは、多くのバンドマンから絶大な信頼を集めた。