休業期間中、所属事務所であるプロダクション人力舎は慎重な姿勢を崩さなかった。芸能スキャンダルに対する世間の風当たりが厳しさを増す中、事務所側は柴田の精神的・身体的なケアを最優先としつつ、関係各所への謝罪と調整を重ねていた。
ここで重要な役割を果たしたのが、相方の山崎弘也である。山崎はピンでの活動で圧倒的な存在感を示し続けながらも、コンビとしての解散を一切選択しなかった。「柴田が完璧な状態で戻り、世間に受け入れられる準備が整うまでは2人での活動を行わない」という無言の美学を貫いたとされる。この二人の間に流れる独特な距離感と信頼関係こそが、長期にわたる休業期間を耐え抜いた最大の要因と言えるだろう。