裁判で最大の焦点となったのは、「どのような罪名で裁かれるか」という点でした。遺族や世論は最高刑が懲役20年の危険運転致死傷罪の適用を強く求めましたが、当時の刑法では同罪の適用対象が「飲酒運転」「著しい速度超過」「通行禁止道路の走行」などに限定されており、持病による発作は明確な要件として規定されていませんでした。
結果として検察側は危険運転致死傷罪での起訴を断念し、業務上過失致死罪で起訴せざるを得ませんでした。2011年12月、宇都宮地方裁判所は「自己中心的で無責任極まりない犯行」と厳しく断罪したものの、法律の壁に阻まれ、当時の同罪の法定上限である懲役7年の実刑判決を言い渡しました。6人もの幼い命が理不尽に奪われた結果に対する「懲役7年」という量刑は、遺族にとって到底納得できるものではありませんでした。
一方、民事訴訟においては、運転手だけでなく勤務先のクレーン会社に対する使用者責任と損害賠償も厳しく追及されました。遺族側は会社が運転手の持病や過去の事故歴を把握しながら安全配慮義務を怠っていたと主張。最終的に裁判所は会社の責任を重く認め、数億円規模にのぼる巨額の損害賠償金の支払いを命じる判決や和解が成立しています。