福沢諭吉の子孫が多才すぎ!レーサー、アナウンサー、映画監督まで | かっこいい有名人研究所
一万円札の偉人であり、大ベストセラー「学問ノススメ」の著者で有名な福沢諭吉はご存知でしょうか。 実は福澤家は、学者や起業家などをたくさん輩出している名家なのです。 そんな彼の子孫が、実は現代でも華々しい活躍をされている方達だらけなので、今回紹介します。
3人の子孫まとめ
福沢諭吉にはたくさんの子孫がおりますが、特に現代においても素晴らしい活躍をしている最も目を引く3名の子孫をご紹介します。
片山千恵子
片山千恵子さんは、福沢諭吉の子孫であるNHKアナウンサーです。 福沢諭吉は母方の祖先らしく彼の玄孫にあたります。 2008年にNHK入局。さらに日本舞踊西川流師範の肩書きを持っています。 趣味は旅行や舞台鑑賞などで語学も英語、スペイン語を得意としています。 上智大学時代は大学のミスコンである「ミスソフィア」のグランプリに輝き、さらに大学日本一のミスを決めるミスコン『Miss of Miss Campus Queen Contest』でファイナリストに選出されました。 また、学生時代から芸能活動もしていて、2005年には佐久間良子主演の舞台「好色一台女」にも出演。 「継続は力なり、挑戦も力なり」が人生のモットーだそうで、現在では2児の母として育児をしながらアナウンサーとして活躍しています。 ちょっと自慢したいことは「ビートたけしさんにハリセンで、志村けんさんに一斗缶で叩かれた経験があること」だとか。
福澤克雄
福澤克雄は、日本を代表するテレビドラマディレクター・演出家・映画監督です。 母親が福沢諭吉の曾孫で、福澤克雄は玄孫にあたります。 学生時代はラグビーの有名選手。 慶應義塾高等学校の頃は、ラグビー高校日本代表にも選ばれるほどの実力があり、大学時代は全国大学ラグビーフットボール選手権大会で全国優勝します。 同年には社会人チーム(現トヨタ自動車ヴェルブリッツ)を破り、慶應史上初めてのラグビー日本一に貢献しました。 卒業後富士フィルムに入社したが、やはり映像の世界への夢が捨てきれず、TBSに途中入社。 そこで配属されたドラマ部でその才能を発揮し、数多くの作品を手掛けました。 代表作は「3年B組金八先生」(第5~7シリーズ)や「華麗なる一族」「半沢直樹」「下町ロケット」「陸王」など、誰もが一度は目にした作品ばかりで、2008年11月22日劇場公開された「私は貝になりたい」では、初の映画監督も務めました。 まさに華麗なる一族の中で生まれ育ったドラマ界の寵児が、次はどんな感動を与えてくれるのでしょう。
福澤幸雄
福澤幸雄さんは美しくも儚く散った、伝説のカーレーサーです。 フランスの日本大使館に勤務していた父親の福澤進太郎と、フランスへ歌の勉強に来ていたギリシャ人ソプラノ歌手のアクリヴィとの間に生まれました。 福沢諭吉の曾孫にあたります。 慶應義塾大学法学部へ進学後フランスへ留学し、日、英、仏、ギリシャ語の4ヶ国語を話せる超国際派。 その端正な顔立ちで、カーレーサーとモデルも兼業していた彼は、マックスファクターや、東レ、パナソニック等のイメージキャラクターもしていました。 さらに慶應義塾大学在学中からモータースポーツの世界に親しみ、トヨタ・ファクトリーのレーシングドライバーになりました。 レーサーとしての活動とともにアパレルメーカーの取締役を務め、人気を博していたそうです。 福沢諭吉の血筋、日本人離れした風貌、レース界とファッション界の二刀流はまさに時代のトレンドリーダー。 しかし、レーサーとして更なる活躍を期待されていたその最中、テストレース中に25歳の若さで他界。あまりに早すぎる旅立ちでした。
世間の声
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