錣山親方の指導者としての手腕を象徴するのが、看板弟子である関脇・阿炎政虎との師弟関係です。阿炎の素質を誰よりも見抜き、長い手足を生かした突っ張り相撲を伝授した親方は、同時に礼儀作法や人間形成にも極めて厳格でした。
阿炎は若手時代、SNSの不適切投稿や新型コロナウイルス感染拡大時のガイドライン違反などにより、3場所出場停止という厳しい処分を受け、一時は引退の危機に追い込まれました。その際、錣山親方は相撲協会に対して自らも処分を受け止めつつ、世間からの厳しい批判の矢面に立って阿炎を守り抜きました。
親方が取った指導法は、感情的に突き放すことではなく、徹底的に寄り添い、人間としての基本を叩き直すことでした。処分期間中、阿炎には部屋の雑用や掃除、徹底した基礎稽古を命じ、「相撲が取れることのありがたさ」を骨身に染み込ませたのです。
師匠の信念に応えるように、処分明けから驚異的な集中力で番付を駆け戻った阿炎は、2026年11月の九州場所において、巴戦を制して見事に初優勝(幕内最高優勝)を達成しました。当時、病気療養中だった錣山親方はテレビの前で涙を流して弟子の復活を喜び、阿炎も優勝インタビューで師匠への尽きない感謝を口にしました。単なる技術の伝承を超えた、魂の通い合う師弟愛の結実でした。