特定班が活発に動くシチュエーションは、大きく分けて2つ存在します。ひとつはファンカルチャーにおける「聖地巡礼」の探求、もうひとつはSNS上の不適切行為に端を発する「ネット炎上」です。
ファンによる推しの聖地特定手口は、本来は純粋な応援や同一体験を求める動機から出発しています。タレントやインフルエンサーが投稿した「お気に入りのカフェ」「散歩道」の写真から、テーブルの木目、食器のブランド、窓外にわずかに映る街路樹の種類、テイクアウト用カップのロゴの一部をヒントに店舗を特定します。しかし、この熱意が私生活の詮索へと暴走した瞬間、それはプライベートな生活圏を脅かすストーキングへと変質します。
一方で、より熾烈かつ破壊的な現象がネット炎上における特定班の反応です。飲食店内での迷惑行為やバイトテロ、モラルに反する発言が拡散されると、匿名掲示板やSNS上で「特定祭り」と呼ばれる集合現象が発生します。なぜ彼らは見ず知らずの他人の素性を暴くことにこれほど執着するのでしょうか。
特定班が怖い理由の本質は、彼らの行動原理が「悪意」ではなく「歪んだ正義感」に根ざしている点にあります。社会心理学でいう「正義中毒(他人の過ちを糾弾することで脳内に快楽物質ドーパミンが放出される現象)」に陥った参加者たちは、自らを「社会の悪を裁く正義の執行者」と信じ込んで疑いません。悪人を懲らしめるという大義名分のもとでは、個人のプライバシーを侵害することへの罪悪感が完全に麻痺し、集団心理によって攻撃がエスカレートしていきます。
さらに、ネット上で最初にターゲットの身元を突き止めた者に与えられる「神」「天才」といった称賛が、承認欲求を強力に刺激します。他人の人生を指先ひとつで解体する万能感とゲーム感覚が結びついたとき、ネット特定班は理性を失った私刑集団へと変貌を遂げるのです。