高英姫は金正日との間に、1981年に金正哲(キム・ジョンチョル)、1984年に金正恩(キム・ジョンウン)、そして1987年に金与正(キム・ヨジョン)を出産しました。金正日の専属料理人を務めた藤本健二氏の手記や証言によると、高英姫は気品に満ち、金正日の激しい気性をなだめることができる唯一の存在であり、家庭内でも絶大な権威を持っていたとされています。
2000年代初頭、北朝鮮軍内部では彼女を「平壌の母」「先軍朝鮮の母」と称える偶像化キャンペーンが大々的に展開されました。しかし、そこには決定的な奇妙さがありました。記録映画や教育資料において、彼女の姿や声は流されても、「高英姫」という本名義や、大阪で生まれ育ったという過去は一切公表されなかったのです。
この徹底した情報統制の理由は、北朝鮮の支配正当性である「白頭の血統(ペクトゥのけっとう)」の純血主義にあります。最高指導者は、抗日パルチザンの聖地・白頭山で生まれたという神話(※金正日の白頭山誕生説自体が歴史的捏造)に基づいて権威づけられています。その世襲後継者である金正恩の実母が、「日本生まれ」「在日朝鮮人」「その父は日本の軍需工場関係者」という出自であることは、体制にとって絶対に国民に知られてはならない致命的なアキレス腱だったのです。
韓国内の北朝鮮専門家や脱北幹部らの証言によれば、もし高英姫の出自が一般住民に広く露呈すれば、「最高指導者の母が、北朝鮮で下層階級扱いされる在日帰国者だったのか」という体制批判が噴出しかねません。それゆえ、現在に至るまで彼女は「偉大なる母」という抽象的な偶像のベールに包まれ続けています。