栗城史多氏の破滅を最も近くで見守り、誰よりも心を痛めていたのが、北海道せたな町で暮らす実父・栗城敏雄氏です。
敏雄氏は、息子の挑戦を常に案じ、2012年に指を失った際にも献身的にサポートを行いました。しかし息子の死後、敏雄氏がメディアや関係者に語った言葉は、親としての深い愛情と同時に、冷酷な現実を突きつけるものでした。
「史多は山に殺されたんじゃない。自分の夢に殺されたんだ」
この敏雄氏の告白は、栗城氏が追い求めていたものが「純粋な山の頂」ではなく、「人々に賞賛される自分という夢」であったことを見抜いていた親ならではの痛切な叫びでした。指を切り落とした後、家族としては登山をやめて北海道に戻ってきてほしいと願っていましたが、本人は「登り続けることしか生きる道がない」と聞き入れなかったといいます。
現在、父・敏雄氏は北海道で静かに暮らしながら、息子の残した遺品を整理し、命日には静かに祈りを捧げています。メディアの過剰な狂騒が去った後、残されたのは取り返しのつかない命の喪失と、老いた父親の深い静寂だけでした。