この地域の防災意識を語る上で欠かせない歴史的人物がいる。昭和初期の激しい火山活動の中、自作の観察図「ミマツダイヤグラム」を描き上げ、火山活動の全貌を記録し続けた三松正夫だ。戦中戦後の混乱期において、彼は噴火によって誕生した新山(現在の昭和新山)の土地を私財を投じて買い取り、貴重な地質的遺産と自然環境を守り抜いた。
三松正夫が残した「火山を恐れず、しかし決して舐めず、正しく科学的に観察する」という精神は、現代の防災教育の根底に生きている。昭和新山の形成過程で示された大地の躍動は、人々に自然への畏怖を教えると同時に、観察と記録がいかに災害の被害を食い止めるかという教訓を未来へと引き継いでいる。